ホメオパシー&カタルシス

昨日より恒例の(笑)高熱が出まして。
うんうんうなっておりましたです、ハイ。

今も熱があるんだけど、
なんとかPCの前に座れるくらいになったので、
日記なんぞ書いてます(笑)。
…本当は今日、また裁判所へ行くんだったんだけどね(^_^;)。

この激ウツのままあーんなとこへ行ったら、
とんでもないことになりそうなので、
(どっち方面にとんでもなくなるのかは不明)
ちょうど良かったのかもしれない。
…逃げてる、って言われても仕方ないけどなあ(^_^;)。

さて、表題のホメオパシー。(&カタルシス)
両方とも医学用語なんだってね。

先にカタルシスの方のお話。
日本語に訳すると、「浄化作用」。

とは言え、いろんな解釈の仕方があると思うんだよね。

たとえばあるドラマを見ていて、主人公が紆余曲折を経て
ハッピーエンドにたどりつく。
それを見ているこちら側の人間が感ずるものも浄化作用。

最終的に自分自身がおかれているところに
安堵感や爽快感を感じる、というのがこれに当たるのかな。

逆に悲劇を見ていて、最後に悲惨な終わり方をするとするね。
それでも人はそれが自分のことではない、という一種の安堵感を
得たりもするので、それもカタルシスの一種らしい。

…ややこしー(笑)。

じゃあホメオパシー(ホメオパティー)は?

こちらは日本語だと「類似療法」「劇薬療法」と訳されるのね。
(劇薬っておいおい、って感じだけど(笑))

いわゆる「毒をもって毒を制する」ってことかな。

今はもうやってないけれど、昔「種痘」ってあったよね?
あれが正にそう。
天然痘にならない身体を作るため(とゆーか、抗体を作るためかな)
元の病気の軽い症状を起こさせるものを与え、
逆に重い病気にかからなくさせる、っていう療法。

今の医学でもけっこうこういう療法、使われてるんじゃないかな。
アレルギーの治療などに使われてる、って聞いたことがある。

精神的なことに関するホメオパシーは、
たとえば…そーだなあ~~~。

失恋したとする。
そういう時って、明るい歌、幸せな恋の歌を聴いたりすると
かえって落ち込んだりしない?
落ち込んでる時には、中島みゆきですよ、うん(爆)。

…これが適当な説明だとは言い切れないけど(笑)、
まあそんな感じでしょーか。

対人恐怖・パニック障害なんてゆー症状を抱えてる私が、
ホメオパシー効果を狙って「外回りの営業」をやろうとした、
という話だけれど、よく考えるとやり方がマズイ(笑)。

ホメオパシーの本来のやり方、「軽い症状を起こさせる」
じゃなくていきなり滝つぼに飛び込むようなやり方だったかな(笑)。

自分を見失っている時に何かを決めてはいけないし、
増してや新しい環境に飛び込むなんて
周りに迷惑をかけるだけだったんだね。

冷静になれるまで待つ。
それが一番の療法なのかもしれないね。

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