多い < 足りない

最近、特に自分の「言葉」について考えます。

もちろんこういうところに”書く”言葉もありますが、
自分が一番気になるのは”言う”言葉です。

仕事でもプライベートでも、言葉が多すぎた(言う必要のないことを言った)と思うこともあれば、逆に言葉が足りなかったな…と思うことも。

なかなかバランス良く話すことができてないなあ…と思ったりしているワケです。

んー。でもどちらかと言うと、足りない方がまだいいのかな。
後から足すことができるから。
口から出てしまった言葉というのは、元に戻せないし。

やはり「沈黙は金 雄弁は銀」ってワケだ。

ワタシの場合、躁状態だと(←今年に入ってからかなり長いっす(笑))かなり雄弁です。
自分で自分がウルサイ!とか思うくらい。

…だったら黙れよってハナシですが^^;

そういう時は大概、脊椎反応として喋っていることが多く(…マトモに受け取らないでください…w)自分で制御しきれないこともしばしば。
ちなみに一番の被害者はウチの母でございます…(笑)←笑い事か?

そんな感じなので、この長い躁状態から抜ければもう少しマシに話せるようになるのではないかと…

なんて、そうやって今まで何度となく繰り返してきてることだったりしてね^^;

…ダメじゃん、あたし…

躁 -sou-

またまたご無沙汰してしまいました、Gっす。

どうも今年に入ってから精神的に落ち着かない状態で。
ここ数日に至っては完全に『躁』状態です。
脳内、お祭り状態。(爆)

自己分析すると、どうやら現実逃避したがっている模様です。
原因は…まあ、多面的なモノなので説明しにくいですが。

この調子だと、近々逆の状態に陥る可能性大ですな。
…って他人事かいな>あたし(笑)。

今日、この躁状態を加速させるようなエキサイティングな出来事に遭遇し、
絶好調ならぬ「絶好躁」なアンバイです。。。

少しは落ち着けよ、いい歳なんだから…(笑)
ってな感じの2月初旬。

そろそろ…

うだうだ考えてるだけじゃなくて、実際に動かないと
歳ばっかくってしまうんで(笑)。
ちゃんと「心理学」の勉強を始める為に行動しよーかと
思っておりまする。

学び方も、今はいろいろあるからね。

とりあえず学費稼ぎしながら、自分で勉強しつつ
ガッコに入れる時に入ろうかと思ってます。
(通学する気はないっす(笑)通信制、ね)

…最近、調子悪い…とか言ってたクセに、
一応、考えることは考えてまして(笑)。

もう10数年考え続けてて、いい加減にしないと
さらに何十年も経ってしまって(何十年も生きる?)、
死んじゃいそーなんで(爆)。

勉強したからって仕事にできるとは限らないけど、
これからの世の中に必要だと確信してるんで。
勉強したいっすね。やっぱ。

とゆーことで、まずは学費稼ぎだあ。
…がんばろー(笑)。

(有言実行!のため、今日ここに書くことにしました。
 ホントは不言実行にしようと思ってたんだけど(笑)。
 そしたら永遠にやらない気がしたんで(爆))

だは。(打破)

「心理系」にしてみたけど、今日はムズカシイ話はなし。

…病院の先生に「疲れてない?」と訊かれ、
何故そこで「ハイ」と即答しないのか。

身体の疲れは全て精神的な疲れから来てるのは
誰よりも自分がわかっているから、
わざわざ他の人に(って医者だろーが(笑))
申告するまでもない、と思っちゃうからだろーか。

今、自分がいるところは
イメージとしては…
ぬかるんで足が言うことをきいてくれない、
底なし沼的なところ、かな。

これも自分がイメージして作り出してる、ということも
理解はしてる。

自分のせいだけでなく、いろんな外的要素はあるけれど、
やっぱり自分自身で壊していかなくちゃいけないものがある。

錬金術じゃないけど(笑)。
手に入れたいものがあったら、何かを失う覚悟くらい持たなければ。

…薬漬けになったアタマで、
やたらclearな考えになったりする今日この頃だったりするのだ。

今日もいい日でした。

今日、ふらっと寄った書店にて。

母が一冊の本を立ち読みしてた。
タイトルは忘れてしまったけど、
今、かなり多く出てる自己啓発系の本かな?
…と思いきや。

どっちかってーと「癒し系」だったみたい。

その中に、今日のタイトルの言葉を毎日寝る前に必ず
口に出して言うと良い、と書いてあった。

実際のところ、いい日じゃなくても。
それでも「いい日でした」と口にする。

一種の自己暗示だろうけれど、
悪くないな、と思った。

まったく「よつばと!」的だ(笑)。
なんたって「いつでも今日が一番楽しい日」だからな。

人というのは、相手のちょっとした言葉や態度で
一喜一憂したりする。
そんだけ心というのは外的要素に左右されやすい。

でもなー。
それだけじゃあつまんないんだよな。

自分で決めてもいいワケじゃない?
「今日は楽しいんだー、誰がなんと言おうとなー」
くらい、デカイ態度でもいいんじゃないかと思う。

人生1回しかないんだもんなー。
大変だ、苦しい、ツライ、悔しい、悲しい、
…ばっかじゃ生きてくのイヤになるし。

ゲンジツは確かにキツイことばっかかもしんないけど、
息して、メシ食って、今日もとりあえず布団で眠れる。
そんだけでまず基本的に「いい日」だ。

だから毎日「今日もいい日でした」ってことだ。

…なんか自分に言い聞かせてるみたいだなー(笑)。
って、そーなんだけどさー。

…そんな今日もやっぱりいい日でした(笑)。

ホメオパシー&カタルシス

昨日より恒例の(笑)高熱が出まして。
うんうんうなっておりましたです、ハイ。

今も熱があるんだけど、
なんとかPCの前に座れるくらいになったので、
日記なんぞ書いてます(笑)。
…本当は今日、また裁判所へ行くんだったんだけどね(^_^;)。

この激ウツのままあーんなとこへ行ったら、
とんでもないことになりそうなので、
(どっち方面にとんでもなくなるのかは不明)
ちょうど良かったのかもしれない。
…逃げてる、って言われても仕方ないけどなあ(^_^;)。

さて、表題のホメオパシー。(&カタルシス)
両方とも医学用語なんだってね。

先にカタルシスの方のお話。
日本語に訳すると、「浄化作用」。

とは言え、いろんな解釈の仕方があると思うんだよね。

たとえばあるドラマを見ていて、主人公が紆余曲折を経て
ハッピーエンドにたどりつく。
それを見ているこちら側の人間が感ずるものも浄化作用。

最終的に自分自身がおかれているところに
安堵感や爽快感を感じる、というのがこれに当たるのかな。

逆に悲劇を見ていて、最後に悲惨な終わり方をするとするね。
それでも人はそれが自分のことではない、という一種の安堵感を
得たりもするので、それもカタルシスの一種らしい。

…ややこしー(笑)。

じゃあホメオパシー(ホメオパティー)は?

こちらは日本語だと「類似療法」「劇薬療法」と訳されるのね。
(劇薬っておいおい、って感じだけど(笑))

いわゆる「毒をもって毒を制する」ってことかな。

今はもうやってないけれど、昔「種痘」ってあったよね?
あれが正にそう。
天然痘にならない身体を作るため(とゆーか、抗体を作るためかな)
元の病気の軽い症状を起こさせるものを与え、
逆に重い病気にかからなくさせる、っていう療法。

今の医学でもけっこうこういう療法、使われてるんじゃないかな。
アレルギーの治療などに使われてる、って聞いたことがある。

精神的なことに関するホメオパシーは、
たとえば…そーだなあ~~~。

失恋したとする。
そういう時って、明るい歌、幸せな恋の歌を聴いたりすると
かえって落ち込んだりしない?
落ち込んでる時には、中島みゆきですよ、うん(爆)。

…これが適当な説明だとは言い切れないけど(笑)、
まあそんな感じでしょーか。

対人恐怖・パニック障害なんてゆー症状を抱えてる私が、
ホメオパシー効果を狙って「外回りの営業」をやろうとした、
という話だけれど、よく考えるとやり方がマズイ(笑)。

ホメオパシーの本来のやり方、「軽い症状を起こさせる」
じゃなくていきなり滝つぼに飛び込むようなやり方だったかな(笑)。

自分を見失っている時に何かを決めてはいけないし、
増してや新しい環境に飛び込むなんて
周りに迷惑をかけるだけだったんだね。

冷静になれるまで待つ。
それが一番の療法なのかもしれないね。

夢判断(ぱーと1)

今日のネタはえんじぇるさまのコメントを読んだところで
オノレの頭に浮かんだことをば書かせてもらいまっさ~♪

さて。夢判断は確かにフロイト教授ですな(笑)。

ただし。心理学を学ぶに当たってはユング論だけ学ぶ、
とゆーのは不可能に近いものがあって(笑)、
フロイト教授は避けて通れない道なのでありんす。
(←花魁?)

それはユング先生自身すら、そうだったワケで。

やはり「心理学」を世に確立した功績は、
それが必ずしも諸手を上げて賛成できるものでないしろ、
賞賛されるべき存在であることは確かですな。

私がユング論に興味を持った理由のひとつとして、
心酔するミヒャエル・エンデ氏がユング心理学に
少なからず影響を受けた、という記述を読んだ…
とゆーのがあります。
(厳密に言うと、ミヒャエル・エンデが深く影響を受けた
実のおとーさん、画家のエトガル・エンデがユング心理学を
支持していた、ということだけども)

実際、C・G・ユングという人の著書を
すべて読んだりはしていないけれど、
フロイト教授との違いくらいはわかってるつもりっす。

ちょいと話はそれますが。
私が出たガッコは(短大ね)仏教系のガッコでした。
んで、キリスト教系大学に宗教学があるのと同じように
仏教学の授業がありました。

哲学・宗教学・心理学というそれぞれの学問は、
表現法は違うにせよ、つきつめる問題点(とゆーか、命題とゆーか)は
すべて同じ方向を向いているような気がしますね。

みんな「人」の精神世界を説く(解く?)学問であることは
確かでしょう。

ユング先生の考えを知る前に、
私はガッコで「親鸞聖人」という人の教義を知りました。

実際、仏教の各宗派の教えがどのように違うのかは
詳しいことは知らないし、今から勉強しようとも思わないけれど、
少なくとも成人する前後の時期に親鸞聖人の教えを
知ることができたのは非常にラッキーだったように思います。

現代に名を残している高僧の多くは、
実はオノレの煩悩と日々戦っていたんすよね。
明恵上人然り、一休さん然り。(一休さんだけなれなれしい(笑))

…いかん。明恵(みょうえ、と読んでね。あきえさんじゃないのよ)
という名前を出してしまった…。話が終わらなくなりそーだ(爆)。
明恵上人についてはまた後日。
「夢」については、フロイトよりも六百年も前に
日本人のこのぼーさんが実はすでに考えていた、
とゆー事実があるのよね。

…ってゆーか。ケータイで書いてたら疲れてしまったーーーー。
明日、シャバに戻ったら(爆)PCから続きを書くことをお許し願って…
今日は寝るべ。

ああ、なんてしまりのない文章だ…(笑)。
ま、いっか。

ひねもすのたりのたりかな。

うんにゃ。別に与謝蕪村翁を語ろうとは思ってないんだけど。
(って、いきなり「うんにゃ」で始める文もあるまい>G)

検査以外は特にやることもないので、
とりあえず持ってきた本を読み耽ってます。
…あとは寝てます(笑)。

日頃何かに追われるような、
(たぶん何か、ではなくて自分自身)
そんな気持ちで生活しているので、ここではそんな気分からは
完全に脱して…るワケないじゃん!みたいな(笑)。

だって自分自身は必ずついて回るんだもーん。
(だもーん、じゃないだろ)

ただ、今回はかなり良い本を手にすることができたので、
有意義な時間を過ごしています。
(先日書いた「図説・ユング」ですな)
…まあ、疲れたら「VOW!」とか読んで腹抱えて笑ってるけど(笑)。

神経病みの胃痛持ち、なんて一昔前の小説家みたいだけど、
人生まだ先があるよーなので、この一見弱みに見えるところを
逆に自分の武器にしていこうと思いながら…
虎視眈々と(爆)軟禁から開放される日を待っています。

…どーでもいいけど。ケータイからの投稿は腱鞘炎になりそーだはは。
ノートPC欲しい…。家のVAIOちゃんが恋しいぞ。

ゆっくりと。

読書する時、あなたにはクセがありますか?

一気に読む、じっくり読む、ナナメ読みする、
流行のフォトリーディングなんて方法もあります。

もちろんその本によって違う場合があるでしょーが、
私はほとんどが「じっくり読む」です。

そんでもって、何回も読み直します。
何回も読み直す必要性のない本もその中から出てくるので、
そういう本は淘汰されます。

私の本棚には、そうやって残って来た本がたくさんあります。
それらは皆、私の宝物です。

心理学系の本は特に「じっくり」と読む必要があります。

文字として表現されているものを、
どれだけ自分の経験や知識とシンクロさせることができるか…
それはあくまでも「ゆっくり」と行われなければなりません。

自分の中の自分と対峙しながら、
ある時は問いかけ、ある時はそれに答える。
それを繰り返すうち、本に書かれていることの意味を知る。

いや、「知る」というより「体験する」に近いでしょう。

宗教学や心理学の本には「我が意を得たり」と思える本と、
そうではない、「腑に落ちない」本があるので
それもゆっくりとじっくりと「体験」できるかどうか
知る必要があります。

本とは、著者の体験(もしくは知識)の集大成であることが多く、
読み手はそれを読むことによって擬似体験することができます。
もしくは、自身の体験と照らし合わせてみたりもできます。

それが読書の醍醐味です。

今日一日、文字通り「ゆっくり」と本を読んでいて、
子供の頃、夢中になって本を読んだあの感覚を思い出しました。
話しかけられても気づかない、というような
いわゆる「三昧」状態です。

それは読書だけでなく、何かに没頭することも同じです。

そういう瞬間を失くしてしまった時、
人は「空虚」に取り憑かれてしまうんだな…と、
今日はそんなことを考えました。

…こういう時を過ごすことは、一見非生産的に見えるけれど、
自分の中の枯れていたと思っていたオアシスに
一滴の水を見出す感じがして、とても貴重な時間になりました。

明日はどんな一日になるでしょうか。
楽しみでっす。

わかり過ぎるのも考えモノ。

知ってる人は知ってると思うが、
私の特技(?)は…ヒトの心理状態が
だいたいわかってしまうコトだったりします。

そうなると、図星指しまくってイヤがられること必至(笑)。

我がソンケーする漫画家のおひとり、カーラ教授も
作品の中でおっしゃっていたが、

図星を指されると人はみな立腹する

…ってワケだ。

最近、ちと考え事をしていたんだけど。
相手の考えてることがだいたいわかってしまって、
なんとなくげーんなりしているGだったりします(^_^;)。

もう少し鈍かったら…もう少し楽だったかもしれないけど
こればっかりは性分だからなあ。
自分でもどーしよーもないんだね、これが。

どうせなら、これを何かに生かせないか?
と思案している今日この頃だったりします。